――― Marky on the WEB
青木将幸ファシリテーター事務所

2010/04/13

ブラインド・ファシリテーション

 

 

 

最近、ブラインド・ファシリテーションについて、よく考えます。といっても、耳慣れない方も多いかと思います。半年ほど前に僕が考えた言葉です。

ブラインド・ファシリテーションというのは、文字通りblind、つまり「盲目の」「盲人の」「視覚ではない」ファシリテーション。

日本には、30万人を超す視覚障害者がいます。道路に点字ブロックがあったり、白杖をついている人に出会ったことがあるでしょう。僕が進行する会議や、ファシリテーションの講座にも視覚障害を持った方が来ることがあります。

が、彼らが参加しやすいスタイルの会議を私たちはしているでしょうか? 

僕に限って言えば今まであまりやれてこなかったように思います。

会議のファシリテーションの技法のひとつに「書く」というのあります。これはとても便利。参加者の発言をホワイトボードにまとめたり、個々人の意見をポストイットに書いて整理をしたり。視覚化するだけで、全体を見ることができ、足りない部分が分かりやすくなり、発言や整理もスムーズになります。ファシリテーション・グラフィックと銘打って、書く専門のファシリテーション技術が確立され、本が何冊か出ていたりもします。

が、視覚化をメインとしたファシリテーションは、視覚障害者にとってどんな意味があるのでしょうか? 彼ら/彼女らにそのことを聞くとたいていは「視覚化自体は問題ない。晴眼者の参加者たちが議論をまとめやすくなったりするのであれば、もちろんどうぞ、やればいいよ」と言ってくれることが多いのですが、僕としては、どこかひっかかりがあるのでした。書いている間、書いたものをまとめる間、視覚障害を持った人を待たせていることにも微妙に居心地の悪さを感じるし、だんだん「それが、あれと近いよね」といった指差しトークや、指示語も増えてきて、指している先に何があるか、わかりにくい議論になっていたりするんじゃないなかぁと。

いや、それよりむしろ、彼ら彼女らの能力発揮が十分にされていない、十分の活きる状況をつくれてないことが気になっているのかもしれません。

誰もが参加しやすく、発言しやすい会議を「グッドミーティング」とするのであれば、視覚化によったファシリテーションばかりしていいのだろうか? というのが最近の僕が考えていることです。

と同時に、いろいろ試してみると、ブラインドファシリテーションは私たち晴眼者(視覚に障害を持たない人をこう言うこともあるそうです)にとっても、新しい世界を開くことを発見しつつあります。制限は創造の源。会議中に視覚をいったん外すことで、見えてくる世界があるのです。

そこで、日本視覚障害者サッカー協会の皆さんと、「ブラインド・ファシリテーション」をテーマに何度か会議をしています。

会議中、全員でアイマスクをする「ブラインド・ミーティング」を実践してみたり、視覚障害者がより活かされる職場とは? について話し合ってみたり。

近年中に、「ブラインド・ファシリテーション」を体感できる機会や、ゆくゆくは「視覚障害者とのミーティングマニュアル」なども出せたらなぁ、なんて思案中。

興味のある方、一緒に考えたい方、こんな情報があるよ!、こんなニーズもあるよ、視覚障害者がいるうちの団体の会議を進行してー!という方がいらっしゃったら、気軽にコンタクトを下さい。お待ちしています。