| この薬の服用に際して、私は、人をひとり、
「許せない。この先も許さない」という、
かなり醜いことを思うようになっている。
醜かろうが、自分の負担になろうが、エネルギーを浪費しようが、
そうすることに、した。
『ひゃ!毛とか抜けちゃうんだよね?ニットの帽子とか被っちゃう?』
抗がん剤が明日から始まるかも知れないと言った私に、
彼女は笑ってそう言った。
私は体の芯がぐにゃっとなったのは感じたけど、
彼女から視線を外し、彼女の息子を見つつ、
「帽子とか苦手だからなぁ」と言うのがやっとだった。
10年以上、親友だと思ってきた人だ。
私がどんなに帽子が苦手な人か誰より知っている。
励まそうとしたのかもしれないとは思った。
悪気があるわけがないだろと自分に言い聞かせた。
その場で「そんなこと言うなよ」と私らしく切り返せなかったことを呆れるほど悔いた。
言えていたら「あ、ごめん」と彼女は言えて、それで終わりになったこと、かもしれない。
けれど、日が経つに連れ、
その発言と態度はやっぱりあまりにしんどかった。
咄嗟に出てきた一言がなぜその一言で、なぜあのいい方になったのか・・・。
互いに親友であると認識して過ごしてきた彼女と、この先どう付き合っていけばいいのか・・・。
SNS上に自分が苦しい状況であることをつぶやくが、
SNS上でみる彼女には何の変化もない。自分に関わりがあると感じている様子は、ない。
とすると、あの一言も態度も、全くの無意識・・・。無意識・・・。無意識・・・。
この前みたいに突然やって来たら私はどうする?
メールが来たらどうする気なんだ?
嘘を重ねながら徐々に遠ざかるなんて技は、持ってない・・・。
そのことが頭と体から離れなかった。
徐々に眠れなくなり、完全に眠れなくなり、気付けば体の芯が震えていた。
そこへ、副作用が顕在化してきて、
このことにエネルギーを費やしている場合でないことは明らかだった。
考えに考えて、迷いに迷って、
アナタはそう言ったんだ、と、
自分の戸惑いや切り返せなかった詫びも書き、メールを送った。
決死!いざ!、みたいな心境だった。
数時間後、・・・、たった数時間後、
「言い訳の手紙を書いています」という携帯メールが来た。
杏林大学病院の待合室でそれを読んだ私の目から、静かに大粒の涙が、ツーーー。
腫瘍内科の待合だ。こんなとこで泣いたら回りがビビる。泣けない。
このタイミングであなたはそう書くのかと、
「言い訳します」って宣言するのかと、新しい怒りが、こみ上げてくるのを感じた。
手紙が来るらしいから待つか、と、気を静めて、帰宅した。
その後、手紙を待ちつつ、彼女のtwitterを久々にのぞいてみたら、
「新しいキッチンスケールが届いてウキウキしている」とあった。
絶望的な気がした。のぞくんじゃなかったと思った。
私のこの苦しみはなんなんだ?、なんだったんだ?と思った。
あのメールがこの私から届いてキッチンスケールでウキウキ?
机に突っ伏してしまった。
数日後、手紙は届いた。小さい文字がびっしり書いてあった。
言い訳しますと、再び書いてあった。
その通り、言い訳も書いてあったし、当然詫びもあった。
私は、珍しく、激しく泣いてしまった。
感激ではない。悔しくて、やりきれなくて、馬鹿馬鹿しかった。
あぁ、何も伝わってない、私伝えられない、と、思った。
ペンを握って小さな文字を書くことが難しくなりつつあったし、
手紙を書くだけの気力も情けないけど残っていなくて、メールを返信した。
「言い訳だと宣言されて喜ぶ人は多くないだろうし、私も嬉しくはない」
「心配してくれたんであろう脱毛の副作用は少ない薬らしい」
「相手の判断や思考を気にするあまり、先回りし過ぎてないか?」
と、そんなことを書いて、送った。
直接的なコンタクトはそれ以来していない。
その後は、
共通の知人が多いために彼女の様子をSNS上でたまに見かけることがあって、
見ると必ず、凹む。
見なきゃよかった、見るからいかんのだろうが、と、自分でホントに呆れる。
私の関わりある場所、私の関わりの中に踏み込んで欲しくない、と、ずっしり、思う。
私が体の芯を震わせたまま未だこの暗闇を抜けだしてないことは、
もはや彼女の喜びかもしれないとさえ思った。
暗闇を生んだのは彼女の言葉とその場で切り返さなかった私だ。
けれど、今この醜い暗闇を形成しているのは、もはやその言葉云々でなく、
彼女のあり方であり、それを私がどう感じているのかだ。
どっちが核心の問題かって、ガゼン後者なのはわかっている。
全ては自分から。わかっている。
全ては自分次第。わかっている。わかっている。
けれど、
わかっていてもどうにもならない震えが、未だにとまらないんだ・・・。
私はこれからも病と闘っていく。
私は私の元へやって来た病に名前を付けた。 α。
去年5月、再手術直前の杏林の談話室で、
αは私に大事な気づきを与えてくれた。
「私は私を認めたい」
自己肯定から始めたい。
こうまでも人を許せないなんて醜さを認めたくはなかったけど、
今、この震えも醜さも、私の中にある。仕方ない。あるんだ。
悔しくても、醜くても、あるんだ。
これだって、あることを、認めるしか、ないんだ。
ならば、病とも、この醜さとも、闘おう。
「許せない。この先も許さない」
いつか、いつか、この醜さを、手放せますように。
祈った自分を、忘れずにいられますように。
α、頼むよ。
私が、幸せでありますように。
森羅万象に祈ります。
生きとし生けるものが、幸せでありますように。
|