青木京の PC記録
■ 森羅万象 ■■■

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■「暮らす」のこと ■■■

 日常のちょっとしたこと、「なんだか大事かも」と思ったこと、などなどを、
 適度に地道にぼちぼちっと、書いておくページ・・・



2013/06/18
散ってしまう直前。
花の房の根本で、
一つずつ独立して開花。


2013/07/17
花の房、全体で咲いている。
「夏でーす」と、
そんな感じ。
  2013年7月21日 ネムノキ

「ネムノキって、花期が二度あるのか?」
という疑問をこの夏、持った。
昔から大好きな樹だ。
「暮らしの場の真ん前にネムの樹冠がある」という日々になって、
その「花期が二度」に気付いた。

6月の中旬、一気に咲いて、ある日の雨で一気に散った。
「えー?!まじ!?今年これでもうおしまい?」
「こんな静かな咲き方だったか?」と・・・。

去年7月20日あたり、我が家で大イベントがあって、
まさにその時満開だったのを覚えていたから、
今年はえらく早いし花も少なかったなぁと思った。
うちのネムだけかと思ったけど、
近所のあちこちのネムの花が、みーんな、散っていた。

7月に入って夏本番。
今、「あぁー!そうそう、これこれ!」という、
いつもの調子で、一気に開花。まさに夏の樹。
ベランダから見える遠くのネムも確かに再び咲いている。

遠くから眺めるネムも、
こうして近くから見つめるネムも、
どっちも好き。やっぱりいい。
はかなげだった6月の花も、
楽しげなこの7月の花も、どっちもいい。

私の知識って、浅いなぁって、思った。
草木のことだって割と知っているようで、
ぜーんぜん知らないなぁとも思って。

で、ネットで、
ネムのことをがががーって調べた、調べようとした。
で、ちょっと、ね、やめた・・・。

こうして、ちょっとずつ、目の前で起きてること、
大事にして、ちゃーんと見てくのも、いいかな。
「ネットでががが」だけじゃなくて、
たくさんある本もちゃーんと使って、
あぁ、それこそ、子どもと一緒に、調べるのも、いいかな。

ネムノキ、ありがとね。
おおきく育ってくれて、そこんとこも、ありがと。



 

2012年7月12日 サンキューの年

津井の家から車で20分弱のところに、
「リベラル」というスーパーがある。
淡路に引っ越して来た1982年当時は、
このあたりでは大きなスーパーで、とても賑わっていた。
他にこれといった店はなかった。
車のいらない場所からこの車社会の淡路へ越してきたこともあって、
父も母も車の免許をもっていない山田家…。
ご近所さんがここに連れて行ってくれることもあったけど、
父の仕事がお休みの日、
父と母が、自転車でそこまで行って、
日用品も食品も買い込んで帰ってきてくれた。
なんとなく、当時の自転車の様子、覚えている。
いつも荷台にトイレットペーパーがくくりつけられていた。
母は半年後には原付の免許を取った。すぐに父も取った。
原付でそこまで毎日のように行ってくれていた。
母が、雨の日に転倒して、ハンドルでお腹を強打して、
それで、車の免許を取る覚悟を決めた、んだったと思う。

昨日、たまたま、そのスーパーにひとりで行った。

こんなに小さかったっけ、って、思った。
さびれていて、お客さんも少なくて、
買いたい物もそんなにはなかった。

車に乗り込んでから、買ったキッチンペーパーを見て、
30年前のことを、父と母のことを、思い出した。

こんな遠くまで自転車で。
毎日のように。
雨の日も原チャリで。

生んでくれてありがとう。
育ててくれてありがとう。
これからもよろしくお願いします。

誕生日の前の日だったからかな、 そんなことを真面目に思った。

本日39歳。 生きよう。
toi toi toi。
私が幸せでありますように。
生きとし生けるものが幸せでありますように。




 

2012年2月3日:服用、終了する。

昨年6月27日から飲んでいた薬、
昨夜、飲み終わった。
どれだけの感謝を伝えたらいいのか分からないほど、
家族と友達に力強く支えてもらって、
こうして昨日を迎えることができた。
あと少し副作用は続くけど、それが終息すれば、
本当に、あとは、元気を取り戻していくだけだ。
経過観察は続くけど、それはまた別の話。

「元」の「気」になる。だから「元気」。

こんなにまで支えてくれたみんなに、
一緒に生きてくれているmarkyに、家族に、
元気になった自分で恩返ししたい。
元気に、なるんだ。なる!

元気に、なります! ありがとう!!!




    (この間のことは、そのうち、更新予定・・・)





  2011年10月13日:杏林の待合室にて

通院の日を覚えていて、その日がどんな診察か、
ちゃーんと理解して、明確に支えてくれる人が、いる。
出がけに玄関でばったり会っただけなのに、
「草太うちに来るか?遊んで待ってるか?」と、
当たり前のように聞いてくれる人が、いる。

「血はつながってなくても家族だもんねー」と天音がこの頃毎日言うよ。
ずっとそう言って暮らしてきた。サニーズは奇跡だね。
この奇跡に、感謝を。ありがとうだよ。



  2011年10月10日:再会

キープ協会での実習同期のももちゃんが、
貴重な一人旅の旅程に青木家を入れてくれて、
数時間ではあったけど、サニーズの助けも得て、
二人で机についてじわーっとおしゃべりができた。
あまりにも濃厚な1年間を一緒に全力で走ったももちゃん。
たった数時間の会話でも、大事な言葉をふたつ、私たちは手にした。
「自己肯定力」「大事なのはユーモア」

ももちゃんからのお土産の抹茶の飴玉は、
私たちのあの99年度を再現するかのようだ。
美しくて、濃厚で、味わい深かった。
じわっと、涙が出た。一個は、お守りにするんだ。




トウダイモトクラシ・・・
実家のガレージの脇に、
立派なノブドウを発見。

 

2011年9月15日:toi toi toi 。

自分の体調がなかなか思うようにならなくて、
このwebの更新もずっと滞っています。
「天音は元気か?」「草太、大きくなった?」など、
お便り、ありがとうございます。どっちも着実に成長中。

自分で作っているタイプのwebなので、
慢性的にゆっくりペースで進んでます。

体力、落ちているようです。体力が自慢だったはずなのにぃ・・・。
とにかく疲れやすい。持久力がない。
これは、今服用している薬の副作用でもあるので、
服薬の終わる次の春には、元気なお京に戻っていると思います。
副作用が出る=薬が効いている、という考え方もあるそうで、
「体の反応が素直」「薬の効きがわかりやすい」といった私には、
今起きていることは、当然の状況なのかもしれません。

家族や大事な友達の助けに、強力で確かな助けに、
感謝しながら、どんなにもどんなにも感謝しながら、
次の春を目指します。

toi toi toi 。ドイツのおまじないのことば。「うまくいく」。
http://www.youtube.com/watch?v=hKkr6nToD9w
この歌を歌いながら、
生きとし生けるものに感謝しながら、
次の春を目指します。

私が幸せでありますように。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
あなたが、幸せでありますように。

toi toi toi 。




 

2011年8月14日:陽ノ下に

加子母村で1人暮らしをしていた頃に大工さんが作ってくれた机。
勝子さんのお友達の倉庫で保管してもらっていた机。
12年ぶりに光のあたる位置に戻ってきた机。

父の美術館展の時に使った椅子と一緒にベランダに、ぽん。

満月を見ようとして見逃した朝方、寝ていられなくなったから、
机についてみた。
美しい目の前の景色に、
机と椅子の馴染み具合に、
机が陽ノ下に戻ってこられたことに、ありがとう。






  2011年8月2日:いろり

淡路牛と淡路玉葱と徳島のホルモンで、
焼き肉〜♪。
いろりは、すばらしい。



  火吹き竹が大好きな草太。
「やっていい?」とばかりにじぃじのとなりへ。


  「草太ばっかりずるーい」と天音もじぃじのことへ。

 

夜の早い私たち青木家とは時間がなかなか合致しない。
「お父さんね、ひとりでじっくりここで飲むからね。
 結構好きなんだよね。ん、寝ていい。寝なさい。」
と、父。

元気になったら、一緒に飲むからね。待っててね。

こんな家で育ててくれて、ありがとう。

 






  2011年7月2日:欲しいモノはみんな違う。

天音にあげちゃった私の1台目のMac。
広島にいた頃に譲り受けたシェルMac。

「何してもいいの?」と天音に聞かれたので、
「いいよ」と答えた。


  この日、突然、親友が神戸から来てくれて、
まったり、天音と草太の横でしゃべっていたら、
「できた。」と天音が明確に言って、パソコンを閉じた。

ビニール袋に小さな四角いモノをたくさんいれて、振っている。
シャカシャカいい音がしている。

ん?と思ってパソコンを開いてみたら、
こうなっていた。

  欲しかったのは「キ−」なんだそうな。

欲しいモノに素直です。
自分の気持ちに正直です。
やりたいことに真っ直ぐです。

身につけておきたい感覚です。




  2011年6月10日:愛ちゃんの愛

まきばの母友、愛ちゃんお手製のお人形。お守りだ。

お顔はないの。
でも天音は「笑っているよ。こんにちは、って。」と言った。
だから、「こんちゃん」「にんちゃん」という名前をつけた。

愛ちゃんの愛を掌の中に感じる。愛の人だなぁ。




 

2011年6月10日:私は見た。

杏林の病室から見た空。5月29日の空。

私は、この森の上に、一瞬の虹を見た。
看護師さんには見えなかったし、
やっぱりカメラに残ることもなかった。

私は、見た。29日にはカメラにも残っていた。
うっすらと、美しい虹だった。忘れない。





 

2011年6月3日:朝日

朝日。

今日、markyと天音と草太が、熊野からサニーホームズへ戻ります。
明日、私が、杏林からサニーホームズへ戻ります。

強運を信じて、幸運と出会いに感謝して、確かな愛を心と体に満たして、
サニーホームズに戻ります。






 

2011年5月29日:空へ

自分のことで嫁が泣くのを喜ぶような方じゃない。
私が強く生きてこそ褒めてくださるお母さんだ。

私にこの病気を知らせてくれたのは、お母さんかもしれない。
私の病気を引き受けて逝かれたのかもしれない。
私や大事な人の無事を見届けて逝かれたのかもしれない。

markyのことを、
家事はなんでもできるし上手だし、
うちの父が急に来ても楽しく一緒に飲んでくれるんだと話したら、
「そのように育ててあります」とおっしゃった。
お母さんの強さと愛を思い知った。

「そのように育ててあります。」

天音や草太を育てさせてもらっている今、
共に暮らし、生きている今、生きていく未来、
私が「そのように育ててあります。」と言えるようになることが、
何もできなかった嫁の仕事、娘の仕事なんだ。

「そのように育ててあります。」

お母さん、見ててね。

森羅万象に祈ります。

お母さんの笑顔と笑い声を思い出して祈ります。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
私が幸せでありますように。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
私の愛するひとが幸せでありますように。

ありがとう、お母さん。
生まれてきてくださってありがとう。
病気とたたかってくださってありがとう。
まぁちゃんを生んでくださってありがとう。

青木和美さん、享年64歳。

ありがとう、おかあさん。





 

2011年5月28日:これもまた病気

ベットサイドの台に、タオル干しがついている。
私はそのバーに、
箱ティッシュとナースコールを吊り下げ、
照明スイッチとMacの電源コードを引っ掛けている。

居心地のいい空間を作るまで、やめないの。
これもまた、おもしろい病気である。
こっちの病気は、治らないね。でもそれでいいね。




 

2011年5月27日:よだれかけを縫いながら・・・

中学時代から持っている端切れと、
ベネッセからDMと一緒に送られてきたタオルとで、
草太のよだれかけを作っている。一枚目。あっという間に完成。

4枚分の型どりを、家で済ませてきた。チョキチョキ、縫い縫い。
運針は簡単じゃないねぇ〜。でも面白い。集中力UPだよ。

裁縫箱にしようと持ってきたバスケットは、
父の友人から私へのおみやげ。30年以上私のそばにある。
小物入れにと、シェーカーのオーバルの木箱も入れてきた。
私がシェーカーが好きだということを知ってた大阪の京子ちゃんが、
アメリカに住んでいた頃に、買ってくれたもの。

「あぁすばらしき計画入院」などと、つぶやきながら縫った。

バスケットは、
最初はおままごとの必須アイテムだった、なぁ。
ぬいぐるみの部屋になったこともある。ネコとカバが寝てた。指定席。
その後、救急箱時代があり、手紙入れ時代があり、小物箱時代があり、
実家の倉庫でしばし休憩しててもらって、
天音のおもちゃバスケットになり、草太誤飲危険物収納箱になり、
天音の「サニーズはんこ部バスケット」になり、
今回、私のおはり箱にと、天音に貸してもらって来た。

オーバルボックスも同じように、
その時代、その時に合わせて、入るモノ、置き方が変わる。

大事でも高価でも貴重でも、道具は、使う。使ってこそ道具。
使い道をあれこれ考えるのも、変えるのも、楽しい。

「青木さんのお部屋は、いつも興味をそそるものがありますね」
看護師さんが数人、そうおっしゃった。
今回は、バスケットとオリゴ糖の小瓶と水筒、らしい。
前回は、たりちゃんが贈ってくれてた砂時計!

大事に使っていると、伝わっていくものが、あるんだ。

それから、縫い物できる!まで快復した今に、感謝しよう。




 

2011年5月26日:手術無事終了・復活ロード! ※長っ!

23日9時、心のエネルギー満タンで、手術室へ。
手術室のスタッフの姿勢、笑顔にも、また感動する。
先生方とスタッフの皆さんに「よろしくお願いします」を伝え、
全身麻酔・・・。

おそらく、13時頃、手術台で意識が戻り、
「無事に終わりましたよ」と。 SICUへ移動。少々の吐き気。

SICU、到着。心電図や酸素や、何や、これや、装着。
よく覚えてない。おそらくそのまま、寝てしまって・・・。
【無事】【切り取れた】ということだけは、
先生から?markyから?看護師さんから?教えてもらったんだと思う。
その時点で、意識していた、ような、気が、する、かな?・・・。

SICUの到着が【午後】だったから、
【切り取らずに閉じた】のではない、
【1時間程度で終わった手術】ではない、
ということを、時計を見て自分で確認したことは、覚えている。

一度目の先生方の勢揃い回診、いつだったんだ?。翌朝かなぁ・・・?
T先生とR先生から、
しっかり切り取れたこと、とにかくよく休んで、と言って頂いて・・・。

Y先生が、退出しながら振り向きざまに、
「とれるものみーんなとったから。大丈夫」と
ちいさくVサインして、ニカっと笑ってくださった、んだよね・・・。

そのY先生の様子が、その後の私の支えの一つだった。

あれぇ?でも、Y先生のそのコトバとVサインは、
その回診の時だったのか、お一人でいらしてくださったのか、
それ、はっきりしないなぁ・・・。

翌24日の朝、
背中からの痛み止めが、終わった。止めた。
その直後から、激しい痛み。もうなんだこりゃ状態。
午前中いっぱい、痛みで体がどうにもならない。どうにもだ。
「痛い」「痛いよぉ」というコトバだけが口からついてでる。
激しい痛みの上にさらに激痛の波が来て、
同時にじわっと汗が出るのがわかる。
枕元で私の汗を拭いてくれてたmarkyは、
そんな私を見ていて、どれほどつらかったろうか。
手を握ってくれたんだけど、手を挙げていることも、できなかった。
ごめんよ、ごめんよまぁちゃん。

看護師さんが薬をチェックしたり、背中を押してくださったり、
ベットの柵に肱をついて
「つらいですね」「おさまるといいんだけど」「効くと良いんだけど」と、
来るたびに心配してくださる。
「1時間くらいで効いてくると思うから」
「痛みのピークは術後1日か2日だから」、
といったコトバを思い出しては右上の時計を見る。

時計、じぇーんじぇん、進まない。

1時頃だったと思う。R先生だったと思う。
「○○○○、いこう」と言って、
今までとは明らかに異なるタイプの痛み止めが装着された。
注射器のお化け、でーっかいのが、専用機器に取り付けられて、
点滴につながれた。
この痛みがなんとかなるなら何でもいいと思った。

装着が終わってすぐ、ベットごと一般病棟へ移動。
SICUの部屋を出たとたん、吐き気。
「ゆっくり、いきましょう」

6階の一般病棟につくと、部屋はスタッフステーションの極近だった。
数人の看護師さんが、器具や薬の引き継ぎや装着の整えをしてくれた。
懐かしい顔がたくさん見えて、みんな笑ってくれている。
「おかえり」とMさんもHさんも言ってくれた。

で、そこから、吐き気との闘い・・・。
吐くものはなにもない。それでも容器を抱えていたい。
気付くと痛みは終息していて、
「この注射器のおばけの痛み止めが効いてるのね」と、ぼんやり思い、
「で、この吐き気なのね」と、納得するが、どうにも気持ち悪い。

夜にかけて、吐き気はどんどんひどくなる。
吐き気止めの点滴を、次へ次へと変えてくださる。
看護師さんが状況を報告し、T先生たちがどれが合うのか考えて・・・。
そんな状況が真夜中まで続いた。
明け方近くだったのかなぁ、看護師のSさんが、
「これ、いきますからね。効くといいですね」と。
これが効いたらしい。時間の記憶は明け方4時以降は、ない。
Sさん、朝っぱらまでだったのかしら、
ずっとずっと、ありがとう。

翌25日、何時に起きたのかなぁ。
起きると、痛みも吐き気も感じない。
が、体が動かない・・・。動く感じが全くしない。
かろうじてしゃべっているが、まぶたがあかない。
うっかりするとすぐに寝ちゃう。

そんな状況なのに、
看護師のTさんは「立とう」という。え?今かい?
で、立ってみようとは、した。
激痛。ひゃーーー!!!
お腹の縫い目が、びゃーっと裂ける感じ。
腰がベットからなかなか上がらず、その場で足踏みを、したっけ・・・?
「歩ける感じがまったくしないんだけど。痛くて」と泣き言を言うが、
Tさんは諦めない。午後またやろう、と、言う。
「来ますから。支えますから。立って歩いてみましょう。」と言う。

ベットに横になり、お腹に手をのせ、ふたたびぼけー・・・、ぼけー・・・。
「立つ?立てる?歩く?歩ける?・・・無理だろうこりゃ」と思った。

とにかく眠い、というか、ぼーっと、ぼーっと、してる。

午後になり、Tさんが来るのがちょっと怖くなってきた。

でもTさんの顔をみたら、
不思議と、やってみるかね、という気になって、
ついている機器や管や術衣(着替えも出来てない)を整え、いざ!!。
痛かった、無理だと思った、一度ベットに腰を下ろしちゃった、
それでもTさん全然諦めない。やるんだ!って顔してる。
そしたらね、なんだかね、
ぼけーっとした頭で「全ては自分から」と、思った。
Tさんはおまじない的に何かを変えた。内緒だよ。
立って、足踏みして、支えられて、重い重い点滴棒を握りしめて、
ベットから病室の入り口まで歩いて、帰ってきた。
「歩けたじゃないですか」
Tさんはそう言った。
歩かせてもらったのは明白だ。
他の看護師さんも何人か、
歩けたじゃないですか!って喜んでくださった。

夜は、よく寝た。すごく寝られた。

で、26日、今朝、R先生が来て、私の様子を見て、
「この痛み止め、止めよう。ぼーっとするの、よくなりますからね」と。
注射器のおばけとさよならした。点滴の「機械」も外れた。
こわかった。それ止めたら、また24日のようなコトになる気がした・・・

痛み止め切ってすぐ「薬の効いているうちに歩こう」と思った。
自分から、看護師のSちゃんに「歩いてみる」と 言えた。
「おー。いい感じじゃないですか。歩きましょう」とニッコリ。
そこへちょうど、NM先生が「青木さんあるきましょっか?」と、
かるーい感じで、にっこりにっこり、やってきてくださって、
「まさに今から歩こうと思って」と言うと、「いいですねー」と。

前回の入院でお友達になったNさんが、
奇遇にもまた同じタイミングで入院している。
「Nさんに会いに行こう」と彼女のいる病室へ向かった。
痛かったけど、歩いた。
点滴棒を支えに、Sちゃんとおしゃべりしながら、
「患者さんを訪ねるのが歩く目的って、新しいなぁ」とか、
ケラケラ笑いながら向かった。Nさんは不在だった。
「また来る。歩くきっかけになるからいいね」そう言って戻った。

部屋に戻るとSちゃんが、
「おしっこの管、抜いちゃいましょう。大丈夫そう」って。
嬉しかった。Sちゃんの笑顔は人を安心させて明るくさせる。

おしっこの管が抜けたことで、ガゼン身が軽くなった。
痛みは多少あるけど、吐き気がない。動こう。私。
立ったり、荷物を整えに行ったり、トイレに行ったり。
心電図装置、むくみ防止の靴下も、Sちゃんが、外してくれた。
夕方にはもう、立って歩いて、が、普通にできるようになった。

あの時、看護師のTさんが諦めないでいてくれて、よかった。

今夜の担当は、そのTさん。
「青木さーん、驚異の回復力じゃないですかぁー、
 みんなも驚いてますよぉ」って、さっきやって来た。
「今夜は青木さんの担当は僕じゃないと思ってきたんですよ」
「僕は重病の方は受け持たないんですよ」
「何があったんですかぁー」

キミが立たせてくれたから、私の心も体も起きたんですよ。
キミがあそこで諦めなかったから、今があるんですよ。

これを打ち込みながら、杏林のスタッフの質の高さを、思う。
チームで患者にあたっていることへの安心感。
おひとかた、おひとかたの、個性と力量。

イメージとぜんぜん違った。違った。違った。

私、元気になる。すぐになる。ならんでどうする!

みなさん、心から、感謝しています。ありがとう。





ひまわりお守り
 

2011年5月21日:お守りを持って

再入院です。 悪化ではありません。
前回の緊急手術でやり残さざるをえなかったことを、
先生方がやってくれます。なのでまた開腹であります。

私は、
「病気は【心のエネルギー】が消してくれたのかもしれない」
「精神的に激しく良好」
などとこの私が自分で考えられるほど、心的に元気です。


マグカップお守り
折り鶴お守り
 

しかも、素敵なお守りに囲まれて、なんて幸せ私、と、
入院患者らしからぬ気配です。

醍醐寺の超カッコイイお守り、
飲むとあまーいお守り、
竹炭で漉してある浄化水お守り、
天音が「青木京を元気にしてください」と書いて作ってくれたお守り。

今回は、計画入院!なので、
持ってく荷物は4つに分けて、あれこれmarkyに託して来た。
術前用、術後一般病棟用、管が抜けた後用、退院用。
大事なものをこれというタイミングで持ってきてもらえる様に。

落ち込むことがあったとしても、
「大丈夫。キミは、大丈夫。」と、
みんながささやいてくれるだろう。




 

2011年5月19日:満開

サニーホームズのエントランスのエゴノキ、満開。
私はエゴの幹も花も若実も熟実も、大好きだ。
まだ植物の名前をさほど知らなかったころ、
岐阜の道路沿いで初めて満開のエゴノキを見た。
でもエゴノキと何かが違う。
帰って急いで調べたら、ハクウンボクだった。
あれ、すっごいでっかかった、なぁ。

「行って来い。大丈夫。心配すんな。」




 

2011年5月12日:気持ちのエネルギー

退院後からずっと、
気持ちのエネルギーがすごくいい状態だと感じていて、
これまでにない充足感があって、
そして、今日、
杏林で聞いた検査結果は、望んでいた最良のものだった。

緊急手術でT先生方が頑張ってくれたからこその今の命なのだと、
とても、そう思う。ありがとうございました。

追加手術、決定。手術ができること、感謝だ。

杏林のスタッフのみなさん、本当にありがとうございました。






  2011年5月10日:日々踏み固めてられてる大地から。


これが、


  生きる、


  力。




フウセンカズラの芽生え。
種がまだ葉っぱにくっついてます。



レンゲの露が美味しそうでした。
 

2011年5月8日:日課

・外の空気にふれる
・熱い白湯を1.5リットルくらいすすり飲む
・庭時間。土と木に触れる
・自然の音を聞く、体に取り込む
・祈ってから、頂く
・今頂いているものを感じる
・よくよく噛んで頂く
・深く、呼吸する
・体の内側に意識を向ける
・祈る。祈ろう







 

2011年5月1日:レンゲが咲いた

今年も、レンゲが咲いた。
草太も天音も可愛がってくれるレンゲ。
レンゲが咲いた。レンゲが咲いた。

咲いてくれて、ありがとう。





主幹だけになったミズキ

「おかーさん、ミズキが〜。」と、
今まさに伐られているとこを
教えてくれたのは天音だった。
ベランダから、見守るほかなかった。

守ってあげられなかった。

せめて枝先をと、水に活けたら、
3月下旬に、ちゃんと葉を開いた。
病室にも小枝を持ってきた。
  2011年4月29日:庭のミズキ

2月の中旬、樹高6メートルは軽くあったと思われるミズキの樹が、
伐られた。大家さんはない方がいいと思っただけ。
私たちはあってよかったのだけど、ここは大家さんの庭だ。仕方ない。

主幹1.6メートルくらいの所で、
真横に、プッツリ、バッサリ。
枝も葉も何も全くさっぱり残さず。
主幹だけが、くねっと、立っていた。

切られた数日後、切り口からは樹液があふれ出していた。
切られても、根は水を吸い上げ、葉に届けようとしていた。
それも、1週間くらいだったかな、止まった。
私は伐られたのだ、と、知ったのだと思った。
仕事が終わったのだ、と、思っているだろうかと思った。

でもね、違った。全然違った。

4月のはじめ、よーくみてみたら、主幹から直接、
ミズキは小さな小さな米粒くらいの芽を出してきた。
幹に手をついたら、涙がじゃんじゃん出てきた。

「見てて。私は生きますよ。」
そんなふうに、ミズキが言った気がした。

  そして、今日、病院から戻ってみると、
あの米粒サイズの芽は、
柔らかな美しい若葉となって、日を浴びていた。

この先に向けて、新たな芽さえも、たくさん着けていた。

「それでも私は、生きるから。あなたも生きなさい。」





 

2011年4月29日:朝焼け

病室からの朝焼け。5時13分。

帰る。markyと築いてきたあのお部屋に帰る。

大丈夫。大丈夫。





 

2011年4月28日:「先生、明日、

帰ります。」と、主治医の先生に、朝、言えた。
とってもでっかくてスポーツ選手みたいなその先生が、
頷いた。

帰ろう。




 

2011年4月28日:人間万事 塞翁が馬

4月13日の深夜から翌14日の朝方にかけて、
ちょいと緊急手術を受けてきました。
婦人科系の手術で始まったものが、
途中、消化器科にバトンタッチする、
という長〜い手術になり、
緊急だった故にその処置は少々ややこしく、
入院中も突発的なことがちょいちょいと起き、
あぁ、事の顛末は・・・、またいずれ・・・。

markyが4月27日に
「人間万事、塞翁が馬」という日記を書いています。
ぜひご一読を。我がパートナーながら、大変いい日記かと。

私は、気持ちの浮き沈みがしっかりとあって、
事に際して一喜一憂する性分。
入院14日目の26日火曜日はね、それがすごかった・・・。

「【明日退院ね】って朝の回診で先生がいうぞぉ」と思って目覚める。
どうやらこの病院の先生方はそのフレーズが多いのだ。

ところがどっこい、
朝の回診の際に、R先生とH先生により、
傷口付近の膿を出して早く治しちゃおうってことで、
メスを使って傷を3センチ程開く処置、決定。
R先生が「局所麻酔、しとくか?」 してくれー!!
あぁ退院は先だーと、バッチリめそめそしてmarkyに電話。
庭に出て、芝生に寝転んで、空と土と木と草と風に、励まされる。

で、部屋に戻ってみたら、主治医のT先生が珍しい時間に来て、
「検査の結果、まだあがって来ないし、
 子どもたちもいい加減かわいそうだし、退院するか?」と。
おおおーーー!いいんかい?と思ったし、
朝開けた傷は気になったけど、
主治医の先生がいいと言うんだからと、
「します!」と勢いよく返事をして、退院に向かって大〜きく動く。
急いでmarkyに電話。泣いたカラスはもういない。やったーーー!!
看護師さんたちは「おいおいホント?」と言いながら退院準備。
入院翌日から母乳のケアをしてくれていた助産師さんたちも、
急遽この午後に施術してくださり「よかったねぇ」と笑顔笑顔♪

で、 夕方だ。
シャワーの前に、看護師さんが傷口のガーゼをそぉっと外した直後、
シャワー室で流血騒ぎ・・・。パジャマも床も足も、血、血、血!
看護師さんが「T先生、(退院は)誤算だよぉ〜」。

看護師さんが何人も来て「びっくりしたでしょう」「ごめんなさいね」。
主治医のT先生が来てくれて、
お腹を見るやいなか、人差し指と中指でひょいと止血。
「痛くないよね?」「・・・はい。」不思議じゃ・・・。痛くない。
病室のベッドで先生方と看護師さんに囲まれて(プチ)手術?、開始!
手術には普段あたらない病棟の看護師さんと日々手術三昧の先生方。
道具をめぐり、看護師さんは走り、
R先生は「俺オペ室行ってとってくるわ」
おいおい、そんな色々要るの? 何しようってか?・・・。
道具待ちの間、T先生は指で止血を続けつつ、
「聞いたことないコトバが飛び交ってるけど、ただの道具の名前だからね」
「血、赤かったよねぇ。
 赤い血をいっぱい見ちゃうと怖いよなぁ」 あったり前じゃー!
「たいしたことないんだけどね」うーん(-_-;) うーん(-_-;)

先生はこんなでも明日退院で大丈夫だと言う。けれど、
私が怖じ気づいてしまい、家で同じようなことが起きたら、と・・・。
「麻酔、するか。よし、しっかり麻酔しよう」トホホ・・・。
ほんのちょっと傷ついた動脈を縫い止めちゃう処置がはじまり、
R先生は「少々責任を感じとります m(_ _)m 」
HN先生は先生方の手元の灯りにと懐中電灯をつけようとして、
付属のラジオON!
何やら大変和やかにプチ手術が進み、
「帰る自信がついたら帰ろう」ということで、決着。

待っていた天音は「お母さん明日帰ろう」と静かに泣いて何度も言う。
markyはゆっくり治そうと言い、私はふたたびめそめそ。

夕飯をじみ〜に食べていたら、夜の回診。先生勢揃い。
R先生「ゲシュニンとしては、血が止まってるの確認させてもらえる?」
わ、下手人って。他の先生達はニコニコ。
夜は横になるも寝られない。看護師さんが気に掛けてくれて、
睡眠導入剤や痛み止めなど、用意周到。みんな優しい。

慌ただしい一日だった。浮いて沈んで浮いて沈んで・・・。疲れた。

人間万事 塞翁が馬。

浮き沈みが激しい = 感受性豊か? うーん、うーん。
私の浮き沈みにたくさんの人の気持ちも巻き込んでしまった。
私も、とっても疲れた。

人間万事 塞翁が馬。

「喜」も「憂」もちゃんと味わおうと思う。
感じようと思う。表現しようと思う。
そして、同時か、次のタイミングでもいいから、
私は生きているし、世界は動いているんだから、
「福」と「災」だって動いているんだって、やって来るんだって、
この体に、この心に、入れておこうと、思う。

人間万事 塞翁が馬。

森羅万象。私につながる全てのモノとコト、ありがとう。




 

2011年4月21日:9日目の抱っこ

緊急手術して、そのまま入院生活が始まって、9日目。
草太を抱っこできた。
まだ立っては無理だから、座ったまま。

待っててね。待っててね。お母さん、元気になるからね。






  2011年4月10日:天童木工のテーブルセット

天音が、急に言い出した。
「草太をお父さんとお母さんの椅子に座らせてみよう」
「おねえちゃんが横でちゃんと押さえてあげるからね」

ほぉ、なかなか頼もしいではないか。
おぉ、なかなかしっかり座っているではないか。
  父の弟(私の叔父)が、
父と母の結婚祝いに贈った天童木工のテーブルセット。
父は「食卓の高さは、飲むときに落ち着かない」と言って、
机も椅子も足の全てを10センチ自分でカットした。
私とmarkyが結婚したとき、無理を言って父に譲ってもらった。
40年経って、孫達も大好きな机と椅子になった。

パイン材のような明るい木の色だったものが、
こげ茶の域に達している。
磨いて磨いて、直して直して、使っていきたい。
こういう気持ちにさせてくれるモノに出会えることは、
かけがえのないことだと、思うんだ。





  2011年3月9日:血

写真家の血を、
天音が受け継いでくれてるかなぁ、
とか、思う時がたまにある。

  ただの親馬鹿である。

親が馬鹿にならずに誰がなる、と、
思ったりも、する。






  2011年2月26日:天音のガラス瓶

本当に小さい頃から、天音にガラス瓶や缶、容器類を、
たくさん渡して来た。
私が高校生くらいから大事にしてた小瓶や、
ハタチそこそこの頃に買った紅茶の缶とか、
ま、適当な大きさの容器とか、とにかく、たくさん。

何かを詰めて、遊んで欲しいような気がしていた。


  「薬屋さんでーす。薬屋さんでーす。
 どこか痛いところはないですか?」
台所にいたら、天音薬局が行商に来て、腰が痛いといったら、
瓶から薬を取り出して、天音お手製の袋に詰めて、
「では、今日から飲んで下さい。ごはんの後に飲んで下さい」
と、薬を出してくれた。

なんだかね。親のエゴなのは、わかっている。
でも、嬉しかったのだ。
こんなふうに遊んでくれたらいいなぁって、
ずっと、ずっと、思ってきたから・・・。

よかれと思って用意したけど、
思ったほどには喜んでくれなかったり、
すぐにあきて使わなくなってしまったり、
色んな事が起きる。腹もたったりする。
でも、タイミングなんだなぁと、
彼らは彼らのタイミングで、
選び、使うんだなぁと、実感したの。
当たり前なんだけど、ね。



 

2011年2月2日:映画「うまれる」を、家族で観てきました

映画館は、子ども同伴OKなことから、
子連れの母が10組ほどと、お一人の女性が数人、
男性は、markyを含めて3人、そんな感じだっただろうか。

わたしは、
男性にみて欲しいとすごく思った。
これからお父さんになる方はもちろん、
そうなる可能性のあるなしに関わらず、男性に。
「孤育て」などという言葉が登場する今、
うまれる、うむ、うまれてくる、という出来事に、
男性が、他人事ではなく「自分事」として向かい合えたら、
何かが動きはじめるはずだから。

それから、
何で生きてるんだろう、とか、
何でうまれてきたんだろう、とか、
そういったことを考え始めるだろう小学生とか、中学生とか、
観て欲しいなぁ。
学校とかでみーんなで観て、で、感想を伝え合えたらいいなぁ。

私は、
「生んでくれてありがとう」と母に言えた約4年前のことを、
鮮明に、鮮明に、思い出した。
隣で出産場面をじっと見入っている天音の誕生に感謝し、
markyに抱かれて寝ている草太の誕生に感謝し、
貴重な突然の休みの今日、
一緒に来てくれて一緒に観てくれたmarkyに感謝した。

望んで、望んで、望んで、私は母にならせてもらったのだ、
と、思い出した。

流産した後、新しい命を授かって、
私の中で無事に大きくなっていることが確認できるまで、
ホント、生きている心地がしなかったこと。
仙川の横須賀先生が、
「心臓、動いているね」と言ってくれたときに流れた、
えらく熱い涙。

その命=天音がお腹にいるときに、
うちの主催ワークショップの休憩中、
たまたま、あきちゃんがしてくれた池川先生の話。
「流産した赤ちゃんでさえ、
 おかあさんありがとうって言いながらお空に帰るんだって」

記憶はしてるけど、思い出してなかった大事なことを、
どどどどどーーーーっと、思い出した。

映画は嗜好品の一種。好みはあるだろう。
私は、この映画が、好きだ。
この映画に関わってくださった皆さんへ。心より、ありがとう。

森羅万象に、ありがとう。





これまたわかりづらい写真・・・。
中央付近の白い物体がティッシュ。
天音が、木の器を配置して、
「これ、ごみいれ」
だって。やるじゃん。
 

2011年1月21日:工夫

工夫するのが楽しいというのは、いい。

綾ちゃんの実家にお邪魔した時(ありがとー)、
普通の箱ティッシュが半分になっているのを見て、
「これは!!!」とくいつき、お父様につくり方を教わった。

なにやらちょうどいいお菓子の箱があったこと、
天音の鼻水がものすんごいこと、
ま、なんせ、とにかく作ってみたかったこと、
で、「半切りティッシュ壁掛けタイプ」、完成。

箱ティッシュを置くと、わりと面積使うもんだ。
これなら、面積ゼロ。
かつ、草太は届かない。最高である。

しかし、なんでもかんでもつり下げるのが好きだからって、
ここまでくると、これもやはり、病的ではある。





 

2011年1月12日:変化

この近辺、急激に変わっていく。
梅林、雑木林、畑、草地、空き地が、どんどん宅地になっている。
またそこに住宅が建ち上がるスピードは、仰天だ。

この変化の連続の結果が、今の東京であり日本であり・・・。
ここサニーホームズも昔は築山だったそうだ。

「大事なのはどう変わるか」by中谷健太郎(亀の井別荘)







 

2011年1月9日:おうちハンバーガー

今日のお昼は、おうちハンバーガー。いえーい!!
食べ物の話しが続くなぁ・・・ま、いい。

たまたまハンバーガーに適したバンズが買えて、
markyがパテとなるハンバーグを焼いてくれて、
好きなようにバターやマスタードやケチャップを塗って、
だから、天音も一緒に食べることが出来た。

肉汁があふれてバンズに染みこんだ。
単純で素朴なハンバーガーが、
ものすごくめちゃくちゃ旨かった。旨かった・・・。

「おうちのごはんがおいしい。」
この『単純なこと』を積み重ねられることがえらく幸せに思えた。

2個食べたから幸せだったのか?
それもあるけど、なんせ、幸せだった。






 

2011年1月6日:円柱型のパン

お隣の綾ちゃんがホームベーカリーを貸してくれた。
なんと、綾ちゃんのおばあさまが使っていたというHBだ。
すごいかわいいの。円柱型!のパンが焼ける。
強力粉を切らしていたので、
中力粉だけで作ったけど最高!
焼きたてうまし!


  いいモノを長く使うっていいなぁと思いながら、
天音と草太と焼きたてパンランチ。
綾ちゃんちには、そういう道具がたくさんあるなぁ。
ありがとう。綾ちゃん。
今度は一緒に食べようね!



 

2011年1月4日:勝子さんからの小包

淡路島の母、勝子さんから小包が届くと、開けるのが楽しい。
小さな容器や紙の包みが、あれこれぎっしり詰まっている。
私へのお小言入りのお手紙も・・・。ははは。
新年に届いた小包には、おせち数品と手製ジャム4種など。
田作り、昆布巻き、伊達巻き、上品な煮染め。
「あなたが絶対つくらないだろうと思ったモノ」とのこと。よ!正解!
天音の大好物の淡路島のちりめんじゃこ、
私の好きなシェーブルチーズも入っていた。
蓮根をあんこで煮た(?)もの。お初。意外に美味。
天音が大好きな「ふき煮」も入っていて喜んでいた。
「青物やかまぼこを足して盛りつけること」と書いたメモもあった。
味付けは、おおざっぱではあるけど、いつも美味しい。
盛り付けは、こだわる。
見習わねば、よ、娘。

そう。いくつになっても、娘、なのだ。

 





  2011年1月1日:新年あけましておめでとうございます。

年末30日、サニーズ忘年会の最中、腹痛にて動けなくなり(T_T)・・・。
新年の夜、ようやく、重箱におせちを詰めた。
肉々しい品を用意してしまったのに、1日夜までは絶食!、
元日新年会のお客様家族をお迎えすることも断念!、
夜、ぼちぼちと、少しずつ、少しずつ、頂きました。

健康はたからもの。今を大事にしよう。

みなさま、今年も、よろしくお願いします。





  2010年12月18日:念願のローソクづくり

上手に使えないまま芯だけ燃え尽きちゃったでーっかいロウソクを、
とにかくどんどんくだき、


  湯煎にかけて溶かし、
型に流し込んで固め、
固まるのを待ち、待ち、待ち・・・、


  火をともした。

  「ロウソク作ろうね」と約束してから、だいぶだっていた。

天音は、喜んでいた。

とても、とても、喜んでいた。

こんな簡単なことでもこんなに喜んでくれる今、なのだ。




  2010年11月27日:まきばリース

まきばの、
庭のサンキライと畑のサツマイモの茎とお祭りの綿。
緑がほしいね。

これとは別だけれども、
まきばの母の会で、子どもへのクリスマスプレゼントにリースをつくった。
使う素材や色に意味があることも教えてもらった。
何事も、背景って大事。意味って大事。忘れがちだ。




  2010年11月12日:美しい

ここに越してきた時に、
300円くらいで買ってきたヘデラ。
増え続けてくれてるヘデラ。
ホントに「ヘデラ」でいいのか調べてないヘデラ。

元気に生き続けてくれて、ありがとう。
キミが大好きです。




 

2010年11月10日:ちゃんと伝える、ということ

markyが餃子が食べたいなぁと言っていたので、
天音と餃子を作った。結果、うまかった。とっても。

つくっているときにね、
天音も包みたいと言うので、やってもらったんだけど、
皮を水浸しにしちゃったり、あんを包みすぎたりして、
「こうするとうまくいかないよ」と言ってあったことばっかり、
立て続けにやるもんだから、
イラっとして、キっ!っと怒ってしまって、
もういいっ!やんないで!、などと言ってしまった。ばかだねー。

母、反省して、ごめんと言って、仲直りして、
また一緒にやることにしたんだけども、
「はじめてだからうまくいかなかっただけ」と、天音が言うのだ。

うーん。まさに。

それ以上のことは、なにもない。

しかも、落ち着いて見てみれば、
上手に二つ折りにし、なんとかしっかりとくっつけようとしている。
ヒダはないにしろ、カタチも遜色ない。
焼き上がってみたら、どれが天音が包んだものかさえ、わからん。

私は、
天音の言葉を最後まで待たずに口を挟んだり、
天音の行動の途中で判断して指示したりすることが多い。

天音が、
後からでも説明してくれるから、
本当のことを伝えようと諦めないでいてくれるから、
そこんとこに、明確に、気付いた。

子どもに教えられることは、本当に多い。

大人だからって、ちょっとでっかいからって、
おい、威張るな、私。
話しを聞け!目を開けろ!ちょっと待て!





由布院盆地を見渡せる狭霧台。
天音は、この景色、
覚えていてくれるだろうか。
また来よう。







 

2010年11月7日:旅の記録のその前に・・・

放心状態というのか、
気持ちが【あっち】にあるまんま、というのか、
何事もしっくりと手につかないんだなぁ。

北九州と大分の4泊5日のものすごく濃い旅が、終わった。
あぁ、濃い。見事だ。すごいなぁ。

そう、
由布院にも数時間寄れて(桜井さん、marky、ありがとう)、
たった数時間なのに、縁ある大切な方々に、
偶然が重なって、会えた。

私、小泉今日子が登場する前に、「きょんきょん」って、
由布院で、呼ばれていたんだよなぁ・・・。
うーん、
由布院をあの道で往復したからなのか、今頃涙が流れてきた。

8歳の春、引っ越し荷物を積んだトラックであの道をのぼったんだ。
狭霧台を越えると由布院の町は見えなくなる。
あのカーブを曲がった瞬間に、由布院が消えた瞬間に、
「由布院が好きだー」と、初めて認識したのを覚えてる。
引っ越すまで、そんなこと、考えたこと、なかった。

大きくなってから「いつか由布院に帰る」と言った私に、父は、
「由布院はお父さんが見つけた土地だから、
 お前は自分で自分の土地を見つけなさい」と言った。
今は、その意味がわかる。

なんだか、この5日間のできごとのひとつずつに、
思い出とか、思いとか、驚きとか、・・・、とかとかとか、
すんごくいっぱいくっついているということが、わかってきた。

うーん、まぶしい。美しい。なんていう5日間だったんだ・・・。
感謝して感謝して感謝して、あぁ、ありがとう、みなさん。
森羅万象。ありがとう。





 

2010年9月27日:ノブドウ

ノブドウが好きだ。
木の中で一番好きと言っても、言い過ぎじゃない。
あの実の美しさ、あれこそが宝石だと、思うんだ。

去年の夏に都留の草っぱらでもらってきたノブドウを植えたら、
この春、芽を出してくれて、大騒ぎした。

実は未成熟なまま真夏に全滅したんだけど、
葉っぱが美しく育った。
外に出しておくには辛そうな夏だったから、
藁谷さんの写真と『一本の樹』のケヤキの枝の前に移動させたら、
勢いを増して、つやつやと、育った。

ふと、藁谷さんも好きだったのだろうか・・・、と、思った。

野の花は野にあるからこそ美しい・・・。
地にかえしてあげなくちゃ。

さて、どこへ?




 

2010年9月21日:かつ子さんのしそジュース

サニーホームズの庭で大繁殖している青じそで、
私の母:かつ子さんがつくったしそジュース。

茶色になってしまってしょんぼりしょんぼりのかつ子さん。
天音ががっかりするんじゃないかと心配するかつ子さん。

茶色だろうが赤色だろうが、
おばあちゃんがつくってくれたー、と、
淡路のお庭の赤いしそで赤いのをおばあちゃんとつくるー、と、
ぶどうの味のジュースつくるー、と、
そういいながら、にこにこぐびぐび飲む天音さん。

愛だ。愛。





ゴーヤの緑のカーテン。
美しい。
実直に、精一杯生きてて、
ホント、文句なく、美しい。

美しい・・・。

 

2010年9月19日:めげやすい・・・

私はめげやすい、と、自分で思う。
立ち直りは早い、早くなった、早くしちゃお、
と努力は(したいので)しているけれど、
めげるのも、すんごい早いわけで、うーん、しんどい・・・。

子どもを授かって、めげる素が、増えたんだな。
子は親の鏡、子は分身、あの親にしてこの子・・・などなど、
子どものコトだけど、自分のコトとしてめげてしまうわけで。

あれ?、このめげやすいのも、えーーー、ウツルのか?
それやだなぁー。おおおーーー。やじゃん。

はぁ・・・。お月見したいなぁ。

はぁ・・・。とりあえずみんなでお散歩に行こう。

気分、変えよう。ね、そうそう。お気楽に、行こうー。
あまね−、チョコパン買いに行こうー!




 

2010年9月5日:やってしまえば、40分

天音に対して、要求が多い私。
さて、天音の私への期待や要求には、
私はどれだけ忠実に誠実に応えてきたのだろうかと、
疑問に思い、反省し、初心に戻り、歩き直してみようかと、
ここ数日、ふんばって、がんばっている・・・。

「ロールケーキが食べたい。作って欲しい!」と、
午後になって突如いい始めた天音。
授乳中だったので、
草太のおっぱいが終わるまでは待ってね、と伝えて、
おっぱいあげつつ、
こんな暑い日に?どうすんだこりゃ?と、
思ったりしたんだけど、 結局、
えい!や!と、授乳後に立ち上がった。

「お母さん張り切ってつくるよー!草太頼むよー!」と言うと、
「草太!草太!」と大声で草太にボールを渡そうとする。
それじゃ泣いちゃうよ、と思ったら、うーん、草太笑ってた。

2時15分に作り始めて、いただきますをしたのが3時前。
「うひょー40分で出来た!」と天音とびっくり。

満足そうな天音を見て、作ってよかったー、と、思った。
何度も「作ってくれてありがとう」と言っていた。
『食べたい』よりも『作ってほしい』だったのかねぇ。

なんでもかんでも要求を聞いている訳じゃない。
天音の要求に、ちゃんと向き合ってみよう、と、
私の都合で要求に応えられないとき、ごまかすのやめよう、と、
あったりまえ!のことを、
今更、今頃、意識して、やってみようかと。
遅いのかもしれない。
でも、やらないよりいいじゃん、というのは、間違いない。




 

2010年7月14日:南海荘

中学時代の友達の旅館で、お昼ご飯を頂いた。
友達は、宿主であり板前さんだ。
もう10年くらい会ってなかったはずだ。

イタリアンも学んでいるので、地元の人向けにと、
イタリアンなお食事も提供していて、
この日は、鱧も頂き、パスタやカルパッチョなども頂き、と、
大満足なランチだった。
鱧鍋の、鱧のあごの肉が筋肉質で美味なことが、
強烈に印象に残った。

一度は淡路を出た友達が、家業を継ぎ、
自分の道を着実に歩いている事が、頼もしかった。
淡路を大事に思っているその姿勢が、格好よかった。
淡路島っておもしろいじゃないか、と、
私、思わせてもらった。ありがとう。ありがとう。




  2010年7月5日:偶然のカタチ

markyが買ってきたおからのホットケーキミックス。
偶然、天音の分が、こんな具合に焼けた。
こんな風に焼けと言われても焼けないか・・・。

天音は「ミッキーさん!クマさん!」と喜んで、
markyに縁の茶色い部分だけ切ってもらっていた。

なんだか、ほんわかと、幸せな朝だった。




 

2010年7月3日:おだんご

天音に「お昼ごはん何がいい?」と尋ねた直後、
【しまったぁーーー!】と思ったけど、遅かった・・・。
何がなんでも「おだんご!!」。直感通りの返答、のみ・・・。
このごろ天音はお団子がブーム。

で、三色だんごを草太をおぶってつくった。
暑い。熱い。あつすぎるぅ〜。

残っただんごの生地って、保存できるのかなぁ・・・
おぉ、ローソンに買いに行っちゃうっていう手もあったなぁ・・・
ぼそぼそあれこれと考えつつ、天音が喜んで食べているので、
ハナマル、ハナマル。




 

2010年7月2日:今は「こっち」でいいんだ

 私が、やりたい、やろう、と思っていること、
 やりたいのにできないできない、と思っていること、
 やらなきゃやらなきゃ、と思っていること、って、ね、
 あぁ、後からいくらでもできる、んじゃ、ない?
 私、いつでも、きっと、できる。私、やれる。

 でも、草太の今も、天音の今も、今しかない。
 あぁ、本当に、こればっかりは、今だけ、なんだ。
 これはもう、どんなに頑張っても、今だけなんだ。

眠った草太を膝で抱いて、寝息を立てる天音を見ていたら、
数日前に、そんなことを、ふと、ホントにふと、思った。

ここんとこ長らくつっかえていたものが、消えた。

えーーー、消えたぞぉ。びっくり・・・。

きっとまた「つっかえてるもん」は、やってくるんだ。
でも、付き合って、乗り切って、いけそうな、気がする。
この何とかなる感じがする、という感じが、
大事な気がしている。






 

2010年6月27日:三鷹北野産いちごの自家製シロップ♪

中山さんの畑で収穫したいちごでつくっておいたシロップで、
ばんざーい!!かき氷!!うっまーい!!

冷たいモノをガブガブと飲み過ぎる傾向にある私は、
これくらい冷たいものだと、
器に一杯でなんとかおさまる・・・、ということが、
約37年も生きてきて、今更、わかった ^^; ははは

家でつくったものだからと、安心していーっぱいかけて、
きれいなピンク色の氷を、天音ともぐもぐ。
「天音、これが本当のいちごの味ですね」
「はい。いちごの味ですね」

二人して、頭が、きゅーっと痛くなった午後でした。










 

2010年6月25日:天音と自分自身への向き合い方

天音、寝冷えからか、朝、熱が出るようになってきた。
昨日も今日も、大好きなまきばさん、お休み・・・だ。
でも、熱と元気が混在するのが、幼児の特徴(?)。
元気ーーー。めっちゃ元気ーーー。
あれやりたい!これやりたい!あれやって!これやって!
で、母、ヘトヘト(×_×)& ブチブチ(`ヘ´) ・・・。

昨日は、TVや絵本に出てくるもの、次々ぜーんぶやりたがり、
ごはんは「食べられない」と言うけど、
おだんごを作ってー、あんこを煮てー、アイス食べたーい、等々・・・。
草太は全くふとんに置けず、部屋はあちこち散らかっていて、
かつ、夜には淡路の父:山田脩二が来襲。(で、+、デンマーク戦。)

余裕がないと、些細なことで、天音に厳しい口調になっていく。

天音はやりたいことに真っ直ぐで、しっかり主張してるのだ。
自分の気持ちをちゃんと伝えなさい、と、ずっと言いながら、
3年半、育てさせてもらって来たんだから、
それが着実にできているわけで、
「えぇー!、おかぁさん、なのに怒る?」ってハナシかも・・・。

葉っぱのスタンプとおだんご&あんこは、叶えてみたものの、
すぐにやめちゃったりとか、少し食べるだけだったりとか、
またイライラが蓄積していく感覚に悲しさが増していく・・・。

昨夜来た父は、たぶん、今朝、心配になったんじゃないかな。
「おまえ、かんしゃく、おこしてんのか?」と、言っていた。

天音のやりたいことと私の現在のキャパ、
私の体調と心の状態、天気、気温、湿気・・・。シンドーイ。はっはっは!

はぁ、風が入ってくる。いい風だ・・・。

天音にここんとこ、日々話していることは、
自分に言っていることなのかもしれない、んだよなぁ。

「喧嘩しそうになったら、ぱっと離れてみなさい」
「ぎゃーって言ってしまう前に、説明してごらん」
「落ち着きなさい」
「大丈夫。大丈夫。わかってるから、大丈夫だよ」

しんどいなぁ。でも、逃げるという道は、ないわなぁ。
かわいいもん、天音も草太も。いや、かわいいとかそんな次元じゃない。
天音はこんな母でも「大好き」と言ってくれるわけで、
母、日々、迷いながら、ぶつかりながら、進んでいくんだよね。ね。ね。







 

2010年6月18日:120日のお祝い

草太、120日。6500グラム。
ここまで本当に何事もなく、まさに無事に、元気に生きてくれた。
有り難いことです。有り難う。

今日はお食い初めのお祝いの夕飯。
メインは、大きな鯛。お刺身と塩焼き。
他も、markyが、ぜーんぶ、用意してくれた。感謝ーーー!

お食い初めだからこれはこうしてあれはあぁして・・・、
と言ったこともあるんだろうけど、
ちょっとそういったことを脇に置いといてみた。

旬の野菜、美しい食材、
天音が大好きでモリモリ食べる様子を草太に見せてあげられるもの、
親友のすんふぁが用意してくれた素敵な食器・・・。

天音が全てのお料理を草太の口に運んで、
「ちょんちょん。ちょんちょん」と、食べる真似をさせてあげていた。
何度も何度もHappy Birthdayを歌ってあげていた。

草太は、食卓を一緒に囲んでいることにとても満足しているように感じた。

おいしくて、たのしくて、愉快なお食い初めだった。

プライスレスな素敵な時間。有り難う。有り難う。




 

2010年5月13日:中山農園

夕方、中山農園へ収穫に出掛ける季節が、やって来た。
今年、苺のデキがとてもいい。
スナップエンドウも、すんごい、甘い。
天音と、収穫しながらモグモグモグ・・・。

中山さんは、勉強家だ。毎年着実に進化する。
ありがとうございます。今年も秋まで宜しくお願いします。




 

2010年5月12日:紀州のタネ、咲いた!

(写真がへたなのは何とかならんのかい?)

私の大好きなレンゲ。待ちに待ったレンゲ。
markyのお父様が採取してくれた種から咲いたレンゲ。
サニーホームズの庭で、
小さく小さく不格好に、たった一輪だけ、
やっとの思いで咲いたのあろう、レンゲ。

咲いた咲いた。レンゲが咲いた。泣いちゃった。






  2010年5月9日:トラウマ撃墜!(?)

頑張ってやるもんでもないんだろうが、
私にとっては、
ケーキづくりは「頑張って」の、部類。

膨らんだよー。
旨かったよー。
翌日はさらに旨かったよー。
(ちかちゃん、ハンドミキサー、活躍したよー)

もっともっともっともっと、
上手に作れるレシピなんだろうとは思うけど、
私にとっては、上出来の範疇だった。

比べるな。私。
きばれよ。私。







 

2010年5月4日:親ヂカラ

写真が下手っぴすぎるんだけど・・・。
天音が、自分のホットケーキを、鉄のフライパンで焼いて、
ターナーで裏返しているとこ、なんです。

混ぜたり入れたりだけでは物足りないらしく、
勢いよく未知の領域に踏み込んで行く娘。

明らかな危険は、親が取り除いておく必要があっても、
冒険の面白さは、当然、残しておきたいし、
ぎりぎりのとこまで見守ってやりたいし・・・。

なんだか、親ヂカラ、試されてるよなー、と、
思うことが、どんどん増えてく。

必ずできる、
自分でなんとかする、
これくらいのことはやってのけるさ・・・。

そう思いながら、そばに、いたい、もんです。
キーキー言わずドッシリと・・・。

ガンバレ、わたし。






  2010年4月30日:春の恵みの「北野4丁目」

ちかちゃーん!!
引っ越しといでー!!

畑と道の境目で青い小梅を拾い集め、
野菜スタンドで朝どりの蕗を買ってショッテ歩き、
理科実験のような毎日を楽しむ天音が、
「ちゃこはいつ引っ越してくるの?」って、さ。


  梅、瓶詰め10分後、
「もうジュースできたかなぁ!」
(そりゃーまだでしょうなぁ・・・)

「ふったら速くジュースになるんだよ」
(へぇー、ほんとかい・・・)

     <ジュースのその後の経過


 

蕗。ふき。
草に路。路の草。みちくさ。
傘にしたり、じょうごにしたり、包み紙にしたり、
ストローにしたり、
ただただかじってみたり・・・
まさにみちくさの相棒だったなぁ。

うーん。激しく、懐かしいなぁ。

よしゃ!、天音が起きたら、ままごとしよう!
ふきとたけのこで、ままごとしよう!









  2010年4月29日:春の風が舞う中で・・・

庭パーティー。

子どもは子どもで、
大人は大人で、
時には一緒に、
時にはそれぞれで、
精一杯、遊ぶ。

この空間に、
この時間に、
この関係に、
感謝しながら・・・。

ありがとう。



 

2010年4月25日:散歩の途中に・・・

安全な遊歩道まで帰ってきたので
「ほい、走っていいよ」と言ったら、
たーーーっと、たーーーっと、駆けてった。
まだまた小さなその手が、ぱっ!と、私の手から離れていった。

「おかーさーん!まっててあげるよー」

産婦は涙もろいと言う。なんででしょ。泣けた。




  2010年4月19日:一緒に

夜寝る前に、天音のほっぺたが土負けしていることに気付いた。
毎日しっかり土に触れて遊んでるもんね。素晴らしい。
天音の頬にweledaを塗りつつ、昼間のことを思い返し、
すんごい久々だったなぁと、思った。
私自身がままごとをやった、ということ・・・。
写真は、おにぎりサンドイッチ天ぷら定食サラダ添え。
天音と私でつくった。手前のでっかい土の塊みたいなのは、
巨大松ぼっくりにドロの衣をつけた天音作の天ぷら。

私の手も土にさわった手にちゃんとなってた。
えらく嬉しかった。
大事なことを思い出したような気がする。

やろう。ドロ遊び。私も一緒に。一緒に。







 

2010年4月4日:煮干しの頭とはらわたを取る

天音と一緒に煮干しを食べた。
頭とはらわたばっかり、食べた。
なかなかうまい。

「『うまい』のになんで取るのよ?」
天音の質問はとてもシンプル。

ダシをとると苦みが増すのか?
なんか問題でもあるんだっけ?
あら・・・?
内臓だから悪いもんが凝縮してる?
悪いもんって、何よ?
あらら?
授乳中の私、はらわた食べてる場合じゃなかったか・・・

そんなことを考えつつ、
地味〜な作業を楽しみました。

途中、いれたての珈琲を天音にひっくり返されて、プチっ・・・。

いらっとしたり、切れそうになったら、その場でジャンプ!
そうすると、いらつきを押さえようとして
ジャンプなんてことをしている自分がばかばかしくなって、
イライラしているのを忘れちゃったり、笑ってしまったり、
するそうな・・・。




 

2010年3月28日:記憶の輪郭

なんでもかんでも書いておくノートを2001年につくった。
ワークショップに出ればその記録用になり、
旅行をすればメモになり、
子どもを授かればその雑感記録になり、
本を読めば感想記録・感動記録になり、
日記帳を持って動けない時は日記の補助記録になり・・・

4冊目からは、1ページ目が、
忘れずにおきたいコトバを書くページになっている。
一冊が終了して新しいノートが始まるとき、
これまでのノートの1ページ目を見直して(時には中身全部)、
そのタイミングに、大事にしたいと感じた事、コトバを、
これから使うノートに書きうつす。
で、ノートを使いながらも「これは!」と思ったことは、
1ページ目に書いていくから、
じわーっと、徐々に、コトバが増えていく。

どのノートであれ、1ページ目のそのコトバを見ると、
それを書いたときの記憶が、わっと一瞬で蘇ってくる。

お隣に住むの綾ちゃんが
「写真があると記憶の輪郭がくっきりする」と、
素敵なことを話してくれたことがあるんだけど、
私にとってこの1ページ目は、
記憶の輪郭をずっと保ってくれてるんだなぁって、
一瞬でその時の核心に私を連れてってくれるんだなぁって、
さっき、改めて思った。あらー、すんごい大事じゃー、って。

ひどく忘れっぽいし、同じミスを繰り返してしまうんだけど、
そんな私を助けてくれる1ページ目。「記録は力」にやっぱりなる。

「全ては自分から」「本気でやれば、ものになる」







 
2010年02月09日:ちがうって面白いんだ

私は、スタンダードなもん、を選ぶことが、非常に多い。
外食にしても、服を買っても、食品にしても、
冒険しないタイプだ、と、思う。
固定概念とか、先入観とか、そういうもんが、
体に、頭に、どばーって、ある、ような、気がする・・・。

だから、私が買い物に行って、この写真の野菜を見ても、
きっと、いや、間違いなく、スルー、だ。

ブロッコリーとカリフラワーのアイノコ、なんだって。
カリブロとか、ロマネスコとか、そういう名前なんだって。
markyが烏山の八百屋さんで買ってきた。

さっそく茹でて食べたら、とてもおいしかった。
綺麗だし、なんとも華やかだし、すごくかわいい。
翌日は、たらこと糸蒟蒻で、これの炒め煮をつくってくれた。

私なら買わなかっただろうなぁ、と思いながら、
ふと、昔のことをmarkyと話した。
markyがつくったおみそ汁に、
マッシュルームが入っていてびっくりしたこと、
タマネギをどの向きで切るかが違って議論したこと。

なんとも幸せなにんぷーなので、
ここのとこ、markyが主夫をしてくれていて、
カリブロに出会う、みたいな、新しい発見がいっぱいだ。

私とmarkyと天音は、ちがう人。サニーもちがう人。
ちがうって、おもしろいね、とっても (^-^)




 
2010年02月02日:37週0日

助産院での出産にOK!が出される「37週0日」の朝。
お外真っ白、雪景色。
お京真っ黒、力道山。

オナカに命がある。
私のではない命がある。
私の意志ではなんともならないものが私の中に、ある。
間違いなく私と繋がっているものが、ある。

宇宙とか、自然とか、命とか、生きるとか、なんだかなぁ・・・。
奇跡で、不思議で、力強くて、泣ける。





第二子のサニー、
男の子でほぼ間違いないらしい。
オナカの中で、
ものすごくよく動いております
元気♪元気♪ (^-^)
 
2010年01月28日:36年越し、日の目を見る

いよいよ臨月。あと少しだー。
思い通りに動けない日が多いので、markyが不在がちな今週、
淡路島の実家の母に来てもらった。
(とはいえ、只今、渋谷・新宿・吉祥寺をうろついているけど・・・)
で、ついでに、布おむつも、運んでもらった。
写真のおむつは、私と兄が使ったものだそうだ。
えらく前、実家の片づけをしていてこれが出てきた時に、
「こんなんとっておくからモノが減らんのだ!」と怒った私が、
自分の産む子のために、使わせてもらうなんて、なぁ・・・

フラワーハンガーにかかって、気持ちよさそうにクルクル回っている。

天音は、随分早い段階で、パンツ式紙おむつに切り替わった。
なんせおむつ替えの時の逃走スピードがめちゃくちゃ早くて、
こっちがへとへとだった。

さて、サニーはどうかしらー?




これは壱太が着てたの、
これはりさちゃんから頂いたなぁ、
これはめいめいので、
こっちは諒ちゃんのだなぁ、
これは明織とお揃い
これも明織とお揃い
陸と海のおさがり♪

あー、これ着てるとき、
天音、こけたなぁ

懐かしいなぁ・・・
 
2010年01月17日:出産に向けた準備

天音は、予定日よりも3週間近く早く生まれた。
ちょうど、入院用品をバックに詰めて、これで大丈夫!
と、思っていたら、その直後の満月の日だった。

サニーには、もう少し、オナカで頑張ってもらわねば。

昨日、サニーの服の用意をした。
あまねがいると「着る!」と絶対に言うから、
北海道に行っている間にやろうと、計画的に。

殆どのものが、頂き物、おさがりさんたち。
本当にみなさんありがとう。m(_ _)m

天音が着ていた時の様子なんかを思い出しては、
はぁーと当時の思い出にひたってみたりして、
一日がかりの作業になった。楽しかった。

しかし、布おむつカバーが出てこず、夕方すぎから、
慌ててあちこちに連絡・・・。今も捜索中。

たくさんのものたちが、 あちこちへ、旅に出た。
あちこちで、色んな赤ちゃんに使ってもらった。
今も旅を続けて、使ってもらっているかな。







 
2010年01月16日:外気にあたる

寒い・・・。
家の中で、毛布とハンテンにくるまって、
ファンヒーターをショッテ、チベット仏教のCD聴いて、
ぼーーー。ぼーーー。

いかん・・・。

今朝5時半、markyと天音が北海道へ出発した。
11時、markyが、10メートル先が雪で見えないけど、楽しみ、と、
連絡をくれた。天音、楽しんできてね。母も頑張ります。

窓を開けて、お茶の用意をした。
うん、気持ちいいね。風はあるが、快晴ではないか。

最近「ヨモギ青汁」を愛飲中。Beborn助産院オススメの青汁。
なんせ体が温まる。で、排泄に効果あり。お風呂にも入れた。good!
とにかく私との相性はばっちり。
こんなに飲んで大丈夫か?くらいな勢いで飲んでいる。

お空を見つつ、ヨモギ青汁すすって、ぼーーー。
よし、健康的だ。






トースターで焼いたお餅を、
この頃喜んでくれない天音・・・
そりゃそうだわねぇ・・・
 

2010年01月04日:焼き初め♪

今夜の飛行機でヒロキチが帰ってしまうので(ぐずん・・・)、
お隣の安積家が帰京したので(おかえりー♪)、
ちょうとみんなの予定が合ったので(よかったー♪)、
とにかく昼過ぎて短時間決戦!で「七輪 焼き初め!」

ぱぱぱっと用意するこの感じ、
じわっじわっと集まるこの感じ、
さっさっさっと始まるこの感じ、
とても好き。で、すばらしく、ウマイ♪

お店でいいお肉食べるより、
(高価という意味ではない)いいお肉を選んで、
家でたのしんで食べるっていいね、ってな話しをしたりした。
本当にそうだなぁとしみじみ思った。(外食も好きだけどね)

由布院に住んでいた頃の、庭で過ごした記憶が色あせない。
大家さんが取り仕切ってくれて、その大きな庭で、わいわい・・・。
シャモをさばいて宴会、五右衛門風呂みたいな鉄鍋で味噌の仕込み、
お正月はかまどでもち米蒸して臼と杵で餅つき、
夏休みは竹を切って湧水の池の水で流しそうめん・・・
2畳くらいのでっかい縁台があって、たくさんござをひいて、
こどもたちが駆け回って、大人たちはいい感じで酔っていて。

大家さんは他界された。庭には家が建った。あの家も庭も今はない。

でも私の記憶はなくならないんだ。







年末から仕込んでいたおせち、
ヒロキチに手伝ってもらったもの、
markyが煮てくれた八ッ頭、
ヒロキチのお土産の本場のもつ鍋、
ちかちゃんお手製の
煮物やケーキやクッキー、
飯島町の今錦とエビスビールで、
満足♪満腹♪な宴でした。

夜、ちょっと倒れました。
食べ過ぎ。大反省・・・。
天音が
「サニーとお母さんは、
 天音が守ってあげるからね」
と言ってくれて、
腰をさすってくれました。
 

2010年01月01日:あけましておめでとうございます

元日に満開に!と思って外においていたロウバイ。
朝、水、凍結。さぞ寒かったろうなぁ。スマナイ・・・。
夜はまん丸のお月さまとたくさんおしゃべりできただろうか。
本当に月の美しい大晦日・元日、だった。見た?

午前中、北九州から来ている友達:ヒロキチも一緒に、
近所の神社に初詣。小さいながら好きな神社。
オナカが張って張って・・・、えっちら、おっちら。

午後、横浜に住む友人:ちかちゃん一家が来てくれて、
みんなでカンパーイ!天音もゴキゲン!
今年もよろしく、一生よろしく \(^o^)/

今年は、年末に築地に買い物に行った。
友人の知人に、古いお付き合いのお店を紹介してもらえて、
松前漬け用のするめと昆布、数の子、だし昆布など購入。
またmarkyの知人からお爺様お手製の北海道の昆布を頂いた。
「素材がいいと結果がちがう」という当たり前のことを、
松前漬けと昆布で実感・・・。はぁー、こんなにちがうもん?

おせち用のノートをまとめ直したり、
家族分以上のおせちをぼちぼち用意したり、
なんだか、豊かで楽しい時間だった。

母の作るおせちは色とりどりだったこと、
甲子園の祖父のうちに毎年親戚中が集まったこと、
生の車エビを孫たちが一尾ずつ持って、
どうやって息の根を止めるか、きゃーきゃー騒いだこと、
結婚のご挨拶で初めて青木家に行ったのがお正月で、
大きな伊勢エビを丸ごと一匹出してもらって、でも、
食べ方が分からず、お義母さんとお義兄さんに習ったこと、
色んなコトを思い出しつつ、
大きくなったオナカを支えつつ、
ぼちぼち作業して迎えた、素敵な元旦。

「思い出はプライスレス」だっけ?、
そういうCMがあるけど、うん、ホントだ。

思い出を積み重ねて、人生が築かれていく。
どんな思い出であっても、それは積み重なっていく。

「この時間が、人生のプラスになりますように・・・ 」
北九州の仕事をした2年間、念仏のように繰り返したこと。

どんなことを積み重ねるか、どんなふうに積み重ねるか、
それは、私次第。全ては自分から。

2010年、どんな出来事・思い出を積み重ねよう。楽しみだ。
なんでもおもしろがって生きていきたい。

みなさん、今年もよろしくお願いします。^^




 
2009年12月27日:忘年会

天然酵母でパンをつくるmarkyの友人、SくんとSちゃんが、
焼きたてのパンをぞれぞれ持ってきてくれて、 かつ、
ワインやお手製ディップや生ハムやチーズも差し入れてくれて、
忘年会♪。
  (そのワインが、私の大好きな一本で・・・。
  「サニーがダメって言ってるから、おかあさん、だめ」と、
   天音に言われる始末だったけど、すこーし、飲んじゃった)

天然酵母らしい、またライ麦らしいいい香りと味のパン。
豊かなパンランチ忘年会だったなぁ。おいしかったなぁ。

今年の4月、Sちゃんにうちにきてもらって、
天然酵母を起こすとこから
みんなでパンを頂くまでのワークショップを、
ここのお友達対象に、開催してもらった。

みんなは腕を、着実に、バンバン、上げている。
私と言えば・・・。その後、数回やっただけだなぁー。ははは。

うーむ。
よくない記憶やイメージは、えい!忘年しちゃえ!
そのための忘年会だもの!

来年は焼くぞー!





旗を作って立てました。
marky、京、天音、
サニー、サンタさん、あまね


「サニーの旗にハート書いてー」
天音はサニーが大好きです。
 
2009年12月24日:トラウマはきえたか?

小2か小1のクリスマスに、母がケーキを作ってくれていて、
「もう混ぜないのよ」って母が言ったのに、
母が向こうを向いているスキに、がーっと、がーっと、混ぜた・・・
混ぜたかったのかなぁ・・・なんでかなぁ・・・

ケーキは、オーブンに入れた時と同じ高さで焼き上がって、
全くふくらまなかった。とっても硬かった。(味はおいしかった)
「全部私のせいだ・・・」と思ったけど「まぜた」と言えなかった。
きっと母は分かっていただろうけど、何も言わなかった。

それが、36歳になっても、痛い記憶で強く焼き付いており、
ケーキを焼いたことがない原因(の一つ)で、でも、
ここのみんながおいしいものを作っているのに触発され、
思わず天音に「クリスマスにケーキ作ろう!」などと言ってしまった。

真剣に真面目にレシピを読んだ。材料も揃えた。
道具はレシピ通りじゃなかったけど、それは問題ではきっとない。

思ったようには膨らまなかった。
生クリームもバーミックスで一気にカターくになった。
ロールケーキ?、ん?、バームクーヘン?、みたいな・・・

それでも天音もmarkyも喜んでくれた。
天音は、待ちきれずに自分で包丁でカットして、ニコニコしてた。
markyは写真を撮ってくれて、珍しく2切れ食べてくれた。

天音は、自分の旗が立っている「天音」と「あまね」のとこを食べた。
サンタさんに一切れ差し入れしたら、翌日のプレゼントカードに、
「ケーキありがとう」って書いてあったね

何事もやってみて、んで、諦めないでやり続けないとね。
トラウマはトラウマ。上手に付き合っていくしか、ないのだ。





越してきて2年目かなぁ、
棚に並んでいた数本のジャム瓶に
「これ好きなの?」と、
Sちゃんが 気付いてくれた。
「うち、月に数本あくかも」と・・・
うれしかったなぁ。
お隣の綾ちゃんにも
譲ってもらったなぁ。

あれこれ、と、
思い出も詰まっているなぁ。


 
2009年12月19日:記念すべき72本目

「天音の後ろに写っている大量の瓶は何?」との問い合わせ多数・・・。
ボンヌママンというジャムの空き瓶(など)に、
調味料・お茶・お菓子などを入れて積み上げてある。
これ、私にはとっても便利な「システム」で、
見えているので使い忘れることがなかったり、
友達が来たときに自分で選んでお茶を入れてくれたり・・・

赤と白のフタのジャム瓶は、改めて数えてみたら、71本!
これは主に、ここの2階のお友達・Sちゃんが、
瓶があくたびに私に譲ってくれた成果(深く感謝!!)。

60本代後半になった時、この瓶のための棚数を増やした。
「全部で72本置ける。ふふふ、楽しみじゃ」などと思ったなぁ。

今日、お隣の農家さんのNさんがお手製の柚ジャムを、
なんとこの瓶で分けて下さり、72本目がやってきた。

感動・・・。ひしひし・・・。

揃える・並べる・見えてて欲しいものが見えているコトが好きで、
これはもう、治らない病気、みたいなもん。
便利だから、いいではないか。

「地震対策、いるかねぇ・・・(by marky)」「 いるねぇ・・・(京)」







2009年12月14日:重い腰をあげてみたら・・・

何に見えるでしょうかねぇ・・・。これは、markyと私と天音の枕。

えらく前に枕カバーをつくったんだけど、それがとっても分厚くて、
markyが泊まりがけの出張に出た時とか、
すっごく天気のいい朝にちゃんと洗濯がはじまった時とかに、
「洗うぞー!」とイチイチ考えて洗濯しないとイカンくらい、分厚い。
おっくうでねぇ・・・、タイミングを測るの・・・。

で、 「薄手・丈夫・柄違い・オソロイ感アリ・おとなしめ」な
布を探すこと、数ヶ月・・・。ん? 数年?

この布地、本来は、大判の布巾。イケアさんの品物。
元々うちにあった同じ製品で、皿を拭きつつ、
「あら?これちょうどいいのでは?」と思い立ち、
イケア通の友達のかなちゃんに「買ってきてー」とお願いし、
4階のHちゃんにミシンを借りてカタカタカタカタ・・・。(ありがとー!)

できたー!嬉しい!とんでもなく凄いもんをつくったみたいに嬉しい。
(ただの袋が3つです・・・)
あまりの嬉しさに、天音に「見て!見て!」と見せるも、感動なし・・・。
初使いの翌朝「枕どうだった?」と聞くと「使ってない」と返答。
確かに頭は乗っかってない・・・。あまねー、ストレートだなぁ・・・。

これね、つるせるんです。干すのがめちゃくちゃ簡単。
干しつつ思ったー。本当にどこまでも「メンドクサガリ屋だ」と。

この直後、猛烈に新しいミシンが欲しくなり、数日後に購入。
ゆらゆら揺れる枕を見つつ、
作る!・欲しい!と思ってからカバーもミシンも随分かかったけど、
腰をあげてみると、なんだか、気分すっきりだなぁと、しみじみ・・・。





 
2009年12月13(日)プレゼントを用意するキモチ

markyが浜松の仕事から帰ってきたら、
プレゼントを天音あてにもらったという。
講座の参加者のおじさまが、わざわざ、天音にために、
用意してくださったクリスマスのお祝いのお菓子。

天音は、かわいいソリの入れ物に釘付け。
私は、紙袋に釘付け・・・。

「あまねちゃんへ
 にちようなのに いえで まっててくれて ありがとう
 おとうさんをおかりしました」と、書いてある。

ここのトコロ、
飯島中川政経人会議の皆さんから絵本をお誕生日に頂いたり、
markyのお友達が天音にレゴを用意してくれたり、
そして、このお手紙つきのクリスマスのお祝いのお菓子・・・

見えるモノと、見えないモノ[キモチ]が、一緒に届く喜びを、
ひしひしと、じんわりと、感じさせて頂いている。

頂き物をすることは多い。
モノにこめられたキモチに焦点をあてて生きていきたいね、って、
そんなことを、思い出させてもらっている、ここのトコロ、だ

みなさん、ありがとうございます。



2009年11月25日:綺麗だなぁ、と・・・

卵のpetケースなんて、綺麗だとおもったことはなかったんだけど、
私が長年たからものにしているサイコロを、天音が卵ケースに入れて、
「ねぇー、きれいでしょー」って言いながらパッキング。
たしかに、きらきらしていて、綺麗だった。
なんだか、宝石箱みたいだった。おいしそうでもあった。
視点を変えたり、おもしろがってみたり、とにかくやってみたり、
ということが、人生を豊かにするなぁ、ってことを、
まさか、卵のパックに教わるとはなぁ。思ってもみなかった。




でっかい。 スイカみたい。


昆布も柚も、入れすぎ。
何事も「すぎる」くせがある。
2009年11月17日:冬の支度

近所の野菜スタンド、今、美しい冬野菜、いーっぱい^^
この聖護院大根(葉っぱもばっちり立派についてた)、
販売機ぎりぎり!って感じでつっこまれてたんだけど、
その値段にのけぞり、冷蔵庫にわんさか野菜があるのも忘れて、
「なにー!100円?!」と、天音と二人で叫びつつ、お買いあげ。
「おかあさん、もてないよぉ」と天音もギブアップするほど見事。

戻ってきて、はて、困った・・・。冷蔵庫に入らない。
でもせっかくの朝どり。今日中になんとかしたい・・・。
(先日、都留の高田先生の畑の朝ぼり大根を
 その日のうちにふろふきで頂いたら、極うま!でしたから)
 
で、夕食はおでんに決めた。が、しかし、
おでんには半分も使えれば十分だ。多いくらい。

あ、千枚漬け、marky好きだったなぁ・・・と思い出した。
何年か前、markyと一緒に、聖護院大根で千枚漬けをつくった。
とってもおいしかった。で、ネットで調べて、つくってみた。
翌日には、(わかりにくいかなぁ−)こんな感じになり、
もう食べられちゃう。なかなかうまい。

なんだか、こんな作業をすると、冬を実感する。
春とも夏とも秋とも、違うんだ。
「冬支度」というコトバがちゃんとあるわけだから、
やっぱりそれは、人生とか暮らしに大切なんだと思った。
カーペットをちゃーんしっかり敷き詰めたり、
窓の外側にカーテンをつけて「外断熱」をしたり、
事務部屋と居間の間に襖をとりつけたり、
大好きなオレンジ色のコートを出して眺めたり、
玄関ドアにサンタさんの飾りをかけたり、
あぁ、今年もいい冬になりますように、と、
ここ数日、そんなことを思いながら、
冬支度を楽しんでいる。





そう見えるかしら?
広島風お好み焼き、
なのです ^^;
2009年11月16日:やってみる、ということ

私は、天音が、これやって、あれやってと言うと、
「自分でやってみ。できるかもしれない」と言う。
M家のi太にもよく言ったなぁ・・・。
「i太は何でも出来ます、やってみ」って・・・。
(大切な友達i太もいつの間にか小2。早っ!)

さっき、お好み焼きを食べながら考えた。
私、人にそう言うわりに、自分はやってないかも、と。

たこ焼きの生地が残っていたから、
お昼ごはんはお好み焼き!、と思っていた。
はて、キャベツの他に、もやしと天かすもある。
「よし!、妊婦だしヘルシーに広島風だ!」と、
急に、広島風に挑戦してみることにした。

3回も、広島風を広島人から習ったことがある。
河野くん、ももちゃん、ありがとね)
「広島焼きが食べたいなぁ」と思うのに、
つくるのはいっつも大阪風。
広島風は、私がやると失敗する気がなぜかする。

できた、し、おいしかった。

ケーキは、卵白の泡立てや生地づくりが苦手だから、
パンは、発酵具合がよくわからない気がするから、
洋裁は、ちゃんと測ったり切ったりをしない人だから、
と、「パス!」していることが、たーくさん。ある。

でも、
いつかやる、やればできる、と、思っている節も、ある。

いつって、いつよ?
やればできる、ってことは、やってない、ってこと。

やってみ、と、ずっと、言ってきたんだ。
やってみるっていいなぁって、思ってるんだ。

「なんだかなぁ・・・。うん、やろっ」と、
お好み焼きの湯気を見つつ、思ったのでした。
(インクの詰替、やるかぁ・・・。
 いやぁ、また壊すと仕事に影響するからねぇ・・・
 よし、これはmarkyに相談してからで、よい^^)




2009年11月14日:いつものモノがいつもある幸せ

キャニオンアンドビーチの「ムーンカレンダー」が届いた。
これがないとね、という人は、世の中、わりと多いと思う。

去年は、綴じ方が大きく変わり、金具が一掃された。
今年は、毎年もったいないと感じていた美しい外箱が消え、
シンプルな厚紙の袋に入っている。とってもいい。

空に月を見つけられない日も、このカレンダーを見て、
あぁ、今頃、あの空に、この形で、月がある、と、
空を、月を、人を、場所を・・・、想う。

毎年、ありがとう。来年も一年間、よろしく




2009年11月11日:レシピどおりに・・・

苦手なことのひとつ。○○のとおりにやる、ということ・・・。
コンピューターとか、インクの詰替とか、料理とか、洗濯とか、
「こうかな?」「これくらいでいいでしょー」などと言いつつ、
勝手にあれこれやってしまうのが私の性分。失敗数知れず・・・。
インクの詰替にいたっては、markyがやる、と、決めて頂いた。

今日は雨。天音とパンづくり。で、今日こそは!レシピに忠実に!
念願の「かもめ食堂のシナモンロール!」ですから!

レシピのとおりに頑張ったら、ちゃーんと、焼き上がり〜。
わーい!ふくらんだー!

そういうことなんですね・・・。独自路線も悪くないんだけど、
たまには、そのとおりにやる、って、いいもんですね・・・。




2009年11月10日:大事にしたくなる「好き」

狭いけど快適なうちのベランダ。
結婚してすぐの頃に買った中古の小さな折りたたみテーブル。
こないだ拾って来て、がっつり洗って、天音がペンキを塗ったスツール。
2008年の元旦から書いているR子さんに頂いた10年日記。
天音が生まれてから書いてきた天音3年日記。
考えてみたら10年以上使っているマグカップ。
3代(台?)目のノートブック。
好きな空間。好きなモノ。 好きな時間・・・。 好き、っていいなぁ。



2009年11月9日:朝の月

左上の小さな白い点。半月。
朝の月も好き。

あぁ、いい一日がはじまる・・・。
そんな気分になるから。



2009年11月8日:「○○専用のモノ」

あー、パンもごはんもない・・・と、思う朝がある。今朝もそう。
そういう朝は、お餅かホットケーキかにゅうめんかお粥、という具合。
今朝はmarky不在。天音に「何がいい?」と聞いたら「ホットケーキ!」
薄力粉、ライ麦、全粒粉、アーモンドパウダーをテキトーに投入、 天音まぜまぜ。
新しいベーキングパウダーもよい具合だったのか、ふっくら♪。おいしかったー。
ここんとこホットケーキミックスを買ってない。家にあるもので出来るのね・・・
「○○専用のモノ」が家から減っていくのが、なんだか、気持ちがいい。
が、あれこれに使えるモノは、確実に、着実に、じわーっと増えている・・・。





2009年11月6日:サニーホームズ

ただの自慢みたいだけども、私の住んでいるサニーホームズは、いい。
何がいいって、ねぇ、Aちゃん・・・。毎日でもこんなことをして、過ごせる。
今日は庭でお昼にした。(というか、結果、夕飯込み、だったわけだけど)
お隣さんのAちゃんと「お昼どうする?」「なんか、する?」ってな会話の後、
ぼちぼち家にあるものをカゴに詰めて、七輪だして、炭をおこし、
お餅とソーセージと鶏の味噌漬けとAちゃんが拾ってきてくれた椎の実を焼いて、
おしゃべりしながら、ママゴト遊びもしながら、のんびーり、すごした。

木々と土と光、鳥の声、自由に使わせてもらっている水、野良猫たち、
マーキーと天音が育てている野菜のプランター、たくさんのママゴト道具、
なんだかふつふつと、感謝♪の気持ちがわいてくる感じ・・・。

マーキーの先輩である桜井高志さんが、私たちをここに呼んでくれた。
大家さんがこんなにも寛大に、庭を、土地を、使わせてくれている。
隣人のみんなは、この自由気ままな私と仲良く気持ちよく過ごしてくれる。
このあたりの地主のみなさんが、見事な木々と土と風を残して下さった。
ここ間取りを考えた設計士の方には、素晴らしいです!と言いたいしなぁ。
ここの暮らしを一緒に楽しんでいるマーキーと天音にも、ね、ホント、・・・

ありがとう。

302が空いてるんです。陽当たりバツグンです。
なかなかないよなぁ、こんな物件・・・




2009年11月5日:収納のこと

私は、収納とか、片づけとか、整理とか、大好き。
ものの居場所を作るのがものすごーく好き。作業してる間はわくわくしてる。

これは、天音の「現在使用中のモノたち」を収納している棚。
特に子どもを持ってる友達が遊びに来た後、「天音棚、どうなってたってけー」と、
メールで質問がたまに来る。
ので、 こんな具合だよー、と、WEBにまとめてみた。詳しくは、こっち

モノの居場所が決まっていると、出すのも片づけるのも、ラクチンだ。
何も悩まなくていい。

「こんなふうにしたいけど、決めるまでが大変でさー。挫折するー」
という友達もいた。

モノに限らず、ものごと、って、何でも、そうなのかもしれないなぁ。
その居場所、ありよう、なんかを、「決めるまで」が、
大変だったり、悩ましかったり、もめたり、するんだよなぁ。
そこんとこを楽しみながらできたら、そのプロセスが好きだったら、
世の中は、もっと、えーっと、ハッピー、というか、ねぇ・・・





2009年11月4日:おかーさーん、おみやげー♪

うちにはちいさな花瓶がいっぱいあって、
その 多くには、アイビーの小さいのが入っているのだけど、
最近、天音が、markyとの散歩のあと、「おみやげー♪」と言って、
小さなお花を摘んできてくれるので、
こうしたかわいい花瓶があることもある。
この小瓶に入れるために、このサイズで頂いてきたのだろうかと思うほど、
ぴったりとして、とても愛らしい。

暮らしにちょっとした緑。とても好き。